落とし穴　　

 

５０年ほど前、タイガー計算機という手回しガラガラの卓上機械計算機があった。掛け算・割り算などができた。見かけは小型タイプライターのようであった。

これより昔は、言うまでもなくソロバンだろう。

よくは知らないが、計算尺も多様されたのではないか。我が家にも、父が使っていた古式然とした計算尺があり、子供の頃、おもちゃにした覚えがある。

 

４０年ほど昔、電気計算機が出た。

卓上型とはいいじょう、碁盤（ゴバン）ほどの大きさだった。すぐにカシオなどから、より小型が発売され、あらそって購入した。わたしはソロバンが苦手である。このカシオはありがたかった。当時、わたしは某社の、物品購入契約専門担当者であって、ありとあらゆる物を購入し・それらの使い古しをテンヤさんなどに売り払ったりしていたので、電子機器が汎用化されるまでの商品の流れは、それなりに追うことができる。

 

２０年ほど前、ワープロが出た。

液晶が未発達であったため、表示画面は確か一行であった。が、すぐに二行になり、あれあれと思う間もなく、Ａ４画面表示になった。

わたしは、母親譲りの“新し物がり屋”である。加えて字がオッソロシク悪筆・汚い。で、それ！とばかりにワープロに飛びつき、都合５台を叩きつぶした。

 

パソコンが言われだしたころ、わたしは、まだワープロをたたいており、ヨダレヨダレでパソコンを眺めていた。

我慢ならなくなり、暮れのボーナスをぶっつけ、購入したのは、わずか４年前である。

今にして思うのだが、これ以上購入を遅らせていたら、脳味噌がパソコンを習得し得ない老化病に陥っていたかもしれない。

４年前の購入草々、ホームページ作成に取組み、４か月目に「波平釣り日誌」を立ち上げた。徹夜・徹夜の連続であった。思考回路をパソコン流にする、そこが最も難しく、吐き気がするほどの拒絶反応と毎夜戦った。

 

以上は、以下の話の、導入部分のつもりである。

今、わたしは、“ジギング釣り”を研究しようとしている。

ルアー釣りの一種で、魚の形をした重い金属片に釣り針をくっつけ、魚を釣る技法である。ここ十年ほどの間に、急速に発達し、将来の魚釣りの主流になる趣がある。

このジギング釣りが、いままでの餌釣りに比し、あたかも、いつぞやのパソコン思考への転換に吐き気をもよおした、あの拒絶反応を、わたしに思い出させた。

 

わたしは、ジグ釣りの釣果を聴くことさえ、嫌であった。おぞましいと思った。

が、しかし、この感覚こそ、おのれの老化がなせる業だとの思い・自覚はあって、深く沈潜してはいたが、なんとか体力のある間にジグ釣りを習得せねばならんのではと悶々としておった。

 

なにとは、確かなキッカケがあったわけではない。

が、“ジギング釣り”に取り憑（つ）いた。

ふと、その気になったのである。

これが、“発心”というのだろうか？　

ふと、“やってみるか”と思ったとき、この気持ちは貴重で大切なものかもしれんぞ、と、思った。

思いの後退を断ち切るため、故意に、知り得る最高のジギング用具を一式発注した。一そろえ１５万円である。わたしの財政力からすると、サラ金の二三軒を張り倒すほどの決心が必要であった。

 

既に、二度、ジギング釣りを試みた。

昨日、三度目の試みに出かける際、愛艇「はまちどり」にエンジントラブル発生。

やむかたなくエンジンのオーバーホールを発注した。

経費、ジギング・タックル１０セット分ほどもフイにする可能性がある。

で、ただいま、真っ青になっておる。

ジギング釣り最大のピンチに立った。

原監督なら、顧問に逃げる手立てがあろう。

が、ワッシャ、逃げる先がない。

 

釣り師が陥る一番大きな落とし穴は、釣技より先に、頭を・思いを置くことである。

賢さは、間違いもなく、魚の側にあって、釣り師の側にはないものを。

わたしは、今、艇を取られて、やむかたなくジグ釣りの書き物に目をやらねばならない状況下にある。

好んで、落とし穴を覗き見る心地がすることである。