点描　（二月雨）

 

午後８時前、市営地下鉄の下り線。三宮駅。

列の後ろから乗り込むと、勤め帰りのサラリーマンたちで混んでいた。吊り革を持とうにもはや空きは無い。

入り口トビラの片端にもたれ、見るともなく車中を見ていた。

６０を幾つか出た酒気帯びの男性が二人、車内の通路に立って、やはり吊り革にあぶれ声高に話しをしていた。

次ぎの駅、「県庁前」へ着いて、進行方向左側の座席が一つ空いた。

座席前で吊り革を握っていた二十歳過ぎの若者が、空いた席へ座ろうとする。

と、中通路に立つ酒気帯び老人の一人Ａが、若者の背中をむんずと掴み、若者を脇へ押しやり前に出た。

と、ほとんど同じに、その真反対側の座席が、二つ空いた。

残るもう一人の老人Ｂが、座りかけた連れの老人Ａに声をかけ、二つ並びの席へ誘った。

誘われて二つ席へ移るとき、老人Ａは、前に立つ若者に酒くさい顔を近づけ、

「まだ若いくせに…」と雑言をあびせた。

若者は、とっさのことで、ポカンとしている。やがて、きまり悪げな顔。

 

二つ並びの座席にドカッと座った老人Ａ・Ｂの二人。

若者を後ろから指差しつつ、まだ聞こえよがしに雑言をあびせている。

若者の前の席はまだ空いたまま。

と、老人二人の前の吊り革に居た二十歳前のＯＬが、老人の指差しに釣られて後ろを振り返り、空いたままの若者の前の席へ、横からスルリと滑り込んだ。

若者は、また、あっけにとられて、ポカン。

 

呑み屋は、

昔は、午後５時を過ぎねばノレンを出さなかった。

昨今は、午後３時にはノレンを出す。仮開店といった感じだ。

酒・ビールとも正規開店時間前の割安料金。暇つぶしに出歩く年寄がターゲットである。

 

呑み屋は、年金呑みの年寄に、安酒を呑ませつつ、５時・６時以降の正客を待つ準備をする算段であろう。

わたしは、いまだ世間に閑職を得てはいるが、基本的にはこの年寄りジャンルに属する者。

昨今の場末の呼吸は、雰囲気は、実体験上充分に把握し、かつ承知している。

先に述べた、酒気帯び老人二人には、この雰囲気・この暇つぶし系“年金呑み”の影が見て取れた。

彼ら老人二人は、いつもならもっと早く切り上げるところを、なにかの勢いがあって、この時刻まで呑み過ごしたのであろう。

そして、妙に高ぶった酔眼に、この若者が映ったのだ。

 

それにしても、わたしには、解せぬことがある。

場の成り行きを承知しつつ、横から平然と滑り込んだ、二十歳前の女性（ＯＬ？）の気持ちがわからない。ぜんぜん悪びれたところがなかった。奇抜な身なりでもなく、ごく普通の女性のように見うけられた。

やんぬるかな！

わたしも、若者同様、ポカン！

 

　昨今の世情めずらし二月雨　　　　隠居　波平