玄海の逆さ竜　　隠岐海戦４

 

下関漁港から５分も歩くと繁華街に出る。事前のパソコン検索では、呑み屋も風呂場もあって快適な街のようである。

怖いおじさんたちと別れ、どこかで飲み直しをしたかったが、改めての場所探しも面倒だ。意気消沈気味に二人は艇へ戻った。

ところで、「はまちどり」艇は、

外洋航行中の万一の遭難事故に備え非常食を積んでいる。このたびは玄界灘・日本海を航行するので、約一週間分の食料の用意がある。もし、玄界灘沖でエンジントラブルがあり漂流することになれば、対馬暖流に押し流され、北朝鮮・ロシヤ沿海州方向へ漂流することもあり得たから。

 

ごそごそと、キャビンから蓄備の食料を取り出し、艇後部甲板へならべ、飲んだり食ったりのやり直し。波止場を行く人が三々五々何事かと見物にやってくる。

「どうですか、ご一緒に一杯やりませんか？」と、ゆりどん、のんびり顔で声をかける。

どうしょっかなぁ〜と、気が動く様子が伺えて、うんにゃガマンガマンとギャラリー。

「よろしいなぁ〜」と、しゃがみこみ、なんだかだ雑談がはじまる。

飲み食いしながら、数人のギャラリー連と雑談を楽しむ間、陽が落ち、コールマン・ランタンを点す。

ゆりと波平の二人、前夜の出立祝いに続く二回目の宴会だ。まわりにだぁれも居なくなった。いくら声高に話してもかまわない。相槌を打っては交互に話を引き取り、その話に花咲かせてはまた相槌を打つ。

たびたびキャビン内へががみ入るのは、飲み料を補い足すためである。日本酒四合ビン・焼酎四合ビン・大小缶ビールが次々カラになる。

眠たいと思うのは覚めてマジメなときのこと。酔っ払って気合が入ると眠気吹っ飛ぶ別世界だ。前夜に続く深飲みで、もう寝ようか、と、キャビンに潜り入ったのは日が変わってから。

                                                                                                                            

艇をもやっていたのは、漁港・製氷所のすぐ側だった。

夜が明け始めると小型トラックが次々やってきて、ドンガラガラ・ドンガラガラ大きな音をたて荷台に砕き氷を積んでゆく。なんぼなんでも寝ておれん。起き出して付近を散歩し帰ってくると、ゆりはまだ寝ている。夜はすっかり明けきって昼間がそこらじゅうに広がり始めているのに、ゆりには起き出す気配がまるで無い。

付近に手ごろな一輪車が転がっていた。これを押して氷の買出しにでかけた。製氷所の氷は空から落ちてくる仕掛け。大きな自在パイプが高いところからぶら下がっており、４００円払って、パイプ口の真下に一輪車を据え待ち受けると、遠くからゴーという音がして、いきなりドンガラガラ！と、砕き氷が天から落ちた。

エンヤコラ・エンヤコラ一輪車を押して艇へ戻り、クーラへ氷を移す。

ゆりは寝ている。

ほうっておいたらこのまま夜まで寝そうである。むりやり起こした。

起きだしてやや後、ゆりは、

「師匠、ついでに氷を買っておきませんか？」と、とぼけたことを言った。

 

離岸。漁港を出たあたりは響き灘。そのまままっすぐ沖へ出る。と、そこは玄界灘。

玄界灘は荒れた海。四六時中なにがしかの波があって、船人泣かせの難所。

南西から黒潮の支流・対馬暖流が上がってくる。もし西方か南西方向遥か遠くにか低気圧があるとする＝事実こういう場合が非常に多い＝。と、南東あるいは東あるいは北東の風が吹く。低気圧の位置によっては北西の風だ。これが対馬暖流を逆さに撫ぜる。竜のウロコの逆さ撫ぜだ。逆鱗を逆さに撫ぜされて竜は黙っては居ない。怒り狂い大波を立てる。玄界灘では竜が四六時中怒っておる。

 

玄界灘を乗り切り、日本海へ入る。

と、波は様相を変え、凪いだようなそぶりをみせる。が、幾分柔くなったこの海が二日続きの寝不足・飲みすぎの波平を直撃した。浜田漁港に近づいた頃、波どんは嘔吐寸前。

エンジン燃料の補給に浜田漁港に入港・上陸。２００�g軽油補給の後、漁港市場の食堂へ入る。サバ定食を食う。…と、船酔いはケロッと治まった。