迷い　　

魚釣りがユーモアとしての位置づけしか得られないとしたら、不幸である。

ユーモアは、多種多様な世界を我が物として理解しつくせない者らが、隣の芝生をうらやむ心地や、落ち込んだわが身を他から見返す心地のなか、可逆的に遊ぶもの。遊びはするが、本質的な解決はなく、瞬時ユーモアに浸ったあとは、もう元の切ない世界に戻っている。

ユーモアと悟りとは違う。悟りは解決の領域。すでに彼岸へ渡っている。ユーモアは単に彼岸を望んで夢を馳せるのみ。

魚釣りの楽しさは、魚釣りへ出向いて、日がなひとときを釣り暮らし、後、竿を納めてそれでお終いとなら、不幸である。これユーモアの世界。

魚釣りしている間だけ、シャバ世界から分離逃走してはいるが、竿を納めればまたぞろシャバ社会のストレスへ戻らねばならん。

もし彼がニ重人格者で、彼の内の一人は、魚釣りに住み、他の一人はシャバ社会のストレスを愛するとなら、それもよろしかろう。別段苦痛を感じないだろうから。

だれだって、人格が完全統一できているわけではない。大なり小なり多様な人格の保持者だ。魚釣り世界と、一般市民生活のすなわちここではシャバ世界と呼ぶ世界とを、住み分けるのに、そう極端な困難を伴うわけではない。彼らは、魚釣りを楽しみ、また、市民生活へ戻って、なんら不満を覚えない。そして、これが、なんと不幸に、わたしには見えることか。

あぁ〜哀しい、こんなくだらん妄想にこだわる自分が哀しい。

幾つもの理解しつくせない世界を、自分をだまし騙ししながら、迷い、うろたえながら泳ぎ続け、どこへ行く当ても見いだせないまま、わたしは年老いて行きつつある。

ただ…、

わたしは、迷うことから未だ阻害されてはいない。

これってどういうことか？

このなかで、

タダ真っ直ぐに前を向いていたい。夢の真ん中に座っていたい。

時間は動いているのか止まっているのか定かでないが、わたしは未だ生きてこの場にあるような心地がする。

もし、死んでも、わたしはこの場にあるような心地がするのではなかろうか。

やはり魚釣りしているのではないか。

哀しみつつ、悦びつつ、迷いつつ…、