夢の回向　　

 

魚釣りは道具に凝りはじめると際限がないものだ。

道具に凝るって程でなくても、長年魚釣りをやっていると、なんぞかんぞゴチャゴチャしたのが溜まってくる。

それやこれやで、釣り師は一様に、自宅に、釣り道具専用の収納庫（スペース）を持つことになる。

で、

現に使用中の生きた道具は、

季節ごとに移り変わる釣り物にあわせ、収納庫⇔艇を、行き来する。

以前は愛用したが、最近使わないものは、

飾り置きたいものと、捨てかねる物とにわけ、

それぞれ適所に並べたり、隅に突っ込んだりする。

 

分類的には、いまひとつ、将来の使用を夢見て買い込んだものがある。

わたし、先日、以前はデッカイ針を幾つも持っていたって話をしたが、これらがそれだ。

いつかは、このデカイ針で釣ってみたいと思って、買ったのであった。

竿・糸・ウキ・オモリ・ハリ・餌、を釣りの六物（りくもつ）と言うが、この内、夢に直結し、かつ安価なものは、ハリである。これならわたしにも数を買うことができた。

 

隠居になってみると、意外や、道具で一番必要なものは、最後の分類分野“将来の使用を夢見て買い込んだもの”であった。

が、しかし、

以前はたくさん持っていた、デッカイ針は、こんなのは使うことはあるまいと、あるときアキラメて、捨ててしまっていた。

デッカ過ぎる特大クーラーボックスも、やはり持ち続けるシンドサに負け、数年前にフタ部分のちょうばんがゆるくなったのを期にアラゴミに出した。けっこう値の張る上物だったのに。

ダイワの特大リールと、トローリングロットは、「はまちどり」�T号艇（１７Ｆｔ５０馬力）当時の夢であった。ロッドのガイドにベアリングが付いた本格的なトローリング竿であった。

これを艇のバンドに差しこみ、サワラのトローリングをしていたが、ある時ゴトッ！と異音がして、後ろを振り向くと、竿が波に走っていた。随分大物がかっかったようであった。艇を返し、追いかけたが波間に消えてしまった。竿を差し込んだバンドが千切れていた。

今になって、思う、“あの竿の出番は、これからが本番だのに”と。

 

隠居の遊び、それは消え去った夢の回向って感じもある。

あのトローリングロッドや特大リール。不幸にして荒ゴミにした大型イグロクーラー。そしてデカ針の数々…。

いまは、なぁ〜んも残っていないけれど、つい手を伸ばせば未だそこに在るような心地もあって、ある種こころ豊かである。