キ ス
釣り場さえ選べばキスは年中釣ることができる。真冬に越冬キスを釣るのもまたおもしろい。しかし、キスはやはり夏。産卵前の初夏がシーズン。強烈な当たりだ。稀に24、5 ｾﾝﾁ の超大物が竿を震わす。
昔、吉良上野介の娘婿で津軽采女という四千石の殿様が江戸は本所に住んでいて、この人がキス釣りの名人だった。江戸湾のキス釣りのことを実に詳しく書いた。彼によると九寸(30 ｾﾝﾁ ) 以上のキスを鼻曲がり、七寸八寸を三才、五寸六寸を二才と呼ぶとある。ただ、当時の江戸湾には白キスより青キスが多かった。今我々が釣るのは全て白キスである。
青は白より大きくなる魚で現在はほぼ絶滅状態。白キスの世に采女殿様の言い草は我々には少々きついわけだ。長年釣りをしているが私もまだ鼻の曲がったキスには出会わない。
昔の鼻曲がりに対するに、今は肘たたきという。白キスも24、5 ｾﾝﾁ になると掴んだ手から尻尾がはみ出て肘を打つ。これすなわち肘たたきである。ドシャ降りの日、肘たたきは大概こういう日に釣れる。キスは恥ずかしがり屋なのだろう。水面に雨粒が激しく跳ねるくらいが姿が隠れて安心らしい。
以前、ゴムボートで釣りに出て、ボート内に溜まる雨水をバケツでかい出しつつ、半分沈没しかかりながら大釣りしたことがある。釣り上げたキスが群れをなして腰周りに泳いでいた。素肌を打つ雨滴が痛かった。
今年もまたその時期が来た。ザンザ降る雨に大キス釣りを想う。
窓外は絶好の肘たたき雨。